(連載法話)「正しい信仰のススメ」第二回 信は最上の富

  • 2018/03/13

(連載法話)「正しい信仰のススメ」

第二回 信は最上の富

(第一回はこちらから)

https://kongo-ji.jp/blog/(連載法話)「正しい信仰のススメ」第一回 信/

(前号の続きより)

第二次世界大戦における名もなき米軍兵士の言葉とされる「塹壕の中に無神論者はいない」という有名な言葉にもありますように、銃弾飛び交う戦場の真っ只中で自分が次の瞬間に死ぬかもしれない状況であれば誰しも祈らずにはいられないはずです。

多くの人間は自分自身の力ではどうにもならないもの(自身の存在を超越した存在)を前にした時はじめて信仰心が芽生えます。

古くは疫病や戦乱、飢饉や自然災害など当時の市井の人たちの力では到底対処できるものではありませんでした。

科学技術の進歩した現在でも、自然災害、自然の力というものは到底人間の手でコントロールできるものではありません。

自分自身の力ではどうにもならないものを前にした時、最後に取れる手段というのが祈りです。

問題に直面した時、どうにか乗り越えられるように祈ります。

ひいては常日頃より日々の平穏無事を祈り、無事に過ぎた日々に感謝します。

そうして、今日まで世界中であらゆる祈り、信仰は育まれ、時間や場所を超越して祈りの力は具現化されてきました。

その祈りの力を具現化する上で必要不可欠なものが「信」の力であります。

乗り越えられる、救われると信じて前向きに行動する。

仏様の教えを信じて、心を清らかにする。

神仏の加護を信じる、周囲の人たちを信じる。

「信」の力は古今東西、時代や場所を超えて大小様々な奇跡や幸福を起こしてきました。

「鶏が先か、卵が先か」はさておき、精神的な幸せと物質的な幸せは常に相互関係にあります。

精神的な幸せだけを求めても、我々は物質社会に生きるわけですから、なかなか幸せにはなりません。

また物質的な幸せだけを追い求めても、飽きることを知らない貪りである「貪」、損をしたと腹を立てる「瞋」、「貪」と「瞋」により、自分にとって本当に必要なものを見失う「痴」の三毒に苛まれ、やがては心と体、または自身の周囲にトラブルを引き起こします。

悩み、問題多き現代社会において一足跳びに物質面、精神面ともに幸せになるのは難しいかもしれません。

「信」を持つことにより、自分は多くの存在によって生かされているのだと気づきましょう。

さすれば、些細なことにも感謝できるようになり、少しずつ心に余裕をもち日々をよりよく過ごすことができるでしょう。

『信は最上の富』

ぜひ皆さまにおかれましても、お大師様への「信」を深めていただき、「朝に礼拝、夕べに感謝」の心持ちで日々をよりよく過ごしていただければ幸いです。

南無大師遍照金剛 合掌

(次号へ続きます)

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