地蔵山金剛寺の由来

その昔(室町時代中後期頃)、1人の行脚僧が立ち寄り、山の上の平岩に阿弥陀三尊を刻まれ安置されたといわれている。
その尊像の霊験は顕かで、当時の人達の信仰も深く特に子供の夜泣き、疳の虫(かんのむし)にご利益があると遠方からも参拝に訪れていた。
子供を助けてくれることから、尊像を刻まれた行脚僧を地蔵菩薩の化身と信じ、この山を”地蔵山”と呼ぶようになる。
尊像は、一石五輪塔(室町時代中後期)、承応二年(一六五三)と明暦二年(一六五六)の銘がある高さ215㎝の五輪塔と共に今もなお山の上にある。

昭和三年、篤信者達がこの聖地に四国八十八カ所霊場写しを安置し、山麓にお堂を建て現在に至る。